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光栄

 

 「久しぶり」駅の通路で声をかけられて、振り向くとむかしの知人だった。

 立ち話でもしたさそうに見えたけど、所用で先を急いでたのと、通路が狭くて邪魔になるので、こんにちはと会釈だけして場を去った。愛想なさすぎだと自分でも思ったが、向こうから声をかけてきたこと自体が想定外だった。

 

 当時、一度飲みに誘われてつきあった。

 メンバーは私を含めて3人で、全員女性。乾杯するや否や全力の愚痴大会になった・・・のはいいが、そこに私が口をはさむ余地はなかった。

 私にも悩みはあった。職場からあきらかに浮いていた。直属の上司は他の皆とはタメ口でじゃれあうが、私にはなぜか敬語だった。他にも色々とあり、居ごこちがよくなくて辛かった。

 

 2人の愚痴りあいが収まりかけたとき、私も・・・と切り出すと、急に激高したその人が私に「何でも思い通りにできる癖に!今までの人生でいい思い散々してるんでしょ?!あんたが一丁前に悩みがある?とか?そんなの許せない!えらい目に遭ってちょうどじゃないの?!」とまくし立てた。

 私は混乱した。この人は何のために私を酒の場に呼んだのだろう。

 そのあとは、ほとんど話もせず家路についた。

 部署が違うのが幸いで、以降も食堂以外ではあまり顔もあわさずに済んだ。

 (たまに隣の席に陣取って、私の話の腰をポキポキ折りまくってくれたりもしたが)

 

 意味のわからんことを言われたわ、と世間話のついでに母に言うと、何でも思い通りにできると思われているならそれも光栄なことだから放っとけば、と、からっと言われて笑った。

 

 その「光栄」を頂いた彼女である。

 声をかけた相手がギクッとしている理由など思い当たる節もなさ気に、不思議そうにじっとこちらを見ていた。こっちはギョッとしても、言った方はたぶん覚えていない。往々にしてそんなもんなのだ。