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梯子を外される話

 

 私の仕事は時間の縛りがある。契約の上で一週あたりの勤務時間が決まっているからだ。

 季節によって作業量が極端に増減する部署の性格上、繁忙期にはどうしても収まりきらず残業が増えがちになるが、残業は避けるようにとこの間の更新でも注意されたばかりだ。特に今は一年の中で一番か二番目に忙しい書き入れ時で、工夫しても時間内に収めるのが難しい。

 昨日は社員に頼んで、作業のうち特にかんたんな指示で済むものを学生バイトにいくつか割り振ってもらった。日の高いうちから、自分が手掛けた方が早い仕事を優先して片づけていたのが効いた。

 今の店はいろんな人に助けてもらえる恵まれた仕事場だ。

 

 時間を増やすとかは考えてないのか、と時々人に聞かれる。

 私ももっと存分に動きたいと思うこともある。

 

 ただ、職階をかえてまでとなると腰が引けて消極的になる。金銭的な理由ではない。

 以前の職場で昇進試験を受けることを奨励されてフルタイムになった人たちが、会社の方針が変わったとたん高くつく人材として、一斉に遠隔地への転勤を命じられて辞めていったのを見たからだ。

 遠隔地といっても当時の会社の規約上パートは通勤時間45分以内の場所にしか飛ばせないが、家に近いから勤め始めた店から交通事情が不便で通勤に1時間弱かかる店への転勤となると、生活のリズムも大きく変わってしまう。多くの人は家のこともこなさなければならないのだ。

 

 道で出会って以上の経緯を語った知人は、会社を大層恨んでいた。同じような条件で会社に残った人たちもいるので、傍目にも真面目でよく働く彼女がなぜ選ばれて肩叩きにあったのか今もわからない。

 その頃私は病気で一足先に退職し社外の人になっていたが、みなさんの働く制度が変わります!との触れ込みでパートも上を目指してガンバレと多くの人に昇進試験を受けさせていた時の記憶がまだ鮮やかだった頃なので耳を疑った。要するに、パートにどんどん試験を受けさせ職階を上げさせたのちに、人件費が高くつくと梯子を外したのだ。

 

 また、転勤先で慣れた仕事をさせてもらえるとは限らない。まったく畑違いの部署に飛ばされて、嫌味を言われながら一から頭を下げて教えてもらわなければならない状況もある。経験や知識は生かせない。

 どんな仕事でもやると決めたら適応してみせるけれど、できれば今の仕事を手放さず細々と積み重ねて行きたいと、当時もずっと思っていた。ささやかなその願いは長いことかなうことがなかったけれど。

 

 世間から見ればちっぽけでも、好きな仕事ができるのは確かな幸せだ。

 私はそれを手放すのが怖い。上の方針なんて風向きが変わればあっけなく変わってしまう。職場環境に恵まれた今でも、その疑念は心のどこかに潜んでいて時々ひょっこり顔を出す。