歓迎されざる名前

 

 さきほどTwitterでのキラキラネームをめぐるいろんな意見を見てるうちにふと思いついたので書くんだけど、私には自分の名前に関するポジティブな感慨が一切ない。

 非常に平凡で、同世代にはクラスに3人いるような名前なんだが、なにしろ命名の動機が「流行ってるから」。しかも命名したのが親ならそんなもんかあしょうがねえなあ、と思えるかもしれないが、私の名前をつけたのは名づけを頼みにいかないと色々義理が立たない間柄だったため断れなかったらしい仲人氏だった。

 

 この名前を聞かされたとき夫婦とも気に入らなかったとか、何だこれは水商売の源氏名みたいじゃないかと大いに喧嘩の種になったとか、しかし断れないから泣く泣く届けたとか、授業の一環で親に命名の由来を聞いてこいと言われて、尋ねたら怒涛のようにそれらのネガティブエピを聞かされた小学4年生の私はどうすればいいんだ。これはつらかった。

 

 長じてから、一応漢字の意味から取ってつけたような由来は取り繕うように聞かされたけど、ネガティブな由来だけでは具合が悪いと思っての後付けの創作だろうと思ってる。

 

 作家を目指していた時期が私には長らくあったけど、理由は自分の手で名前を付け直せるから。今はもうあきらめて、この嫌いな名前とともに生きてゆく覚悟を決めている。

 子供に尋ねられたら、名づけの理由は寿ぎと共にあったと世の親御さんは伝えてほしい。センスのないキラキラネームで子が苦労するのもつらいけど、誰にも喜ばれなかった名前というのもつらいもの。