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時給780円の抵抗

 

 長いし、身バレもする話だが今書いておく。

 

 「外れたら地獄」

 スーパーマーケットに勤めていた頃、社員の人事異動の時期に年上の先輩がぼやいていた言葉を覚えている。

 社員は大体平均して2~3年ほどで異動していた。マネージャー(または店課長という呼び方もあった)として来る人がいい人や普通の人だったらいいけれど逆だったら?という不安を滲ませる言葉だ。

 仕事場なのだから、社員の人間性など関係なしに黙々と仕事に専念すればいいのでは?と世間の大方の人は思うだろう。しかし懸念するにはそれなりの理由もある。

 

 マネージャーにはそれぞれ自分のメソッドややり方というものがあり、前の数年で根付いたやり方や習慣を新しく着任した者がごっそり抜き去ってしまうこともある。下で働くものは新しいやり方に早く慣れるべく黙って従うだけだ。

 なぜそうするか、を説明してくれるならかなりいい上司といえる。しかし、下で働く者を徹底して単純作業のマシーンとして扱うスタンスの者がいても、それはその人のカラーということで何等咎めだてはされない。

 

 店内には扱う商品ごとにいくつもの部署があるが、それぞれに専門性が求められるため基本縦割りの組織になっている。当時私のいたところは生鮮だったがその辺が徹底していて、それぞれが独立した〇〇商店のような趣を醸し出していた。

 言い方は悪いが、まるでタコツボのようだ。隣の部署で何か起きていても俄かにはわからないくらいの隔たりがある、そういう場所で、先ほど言及したような「力」を保証された人がやって来るわけだ。

 いい人が来てほしいと働く者が言うのは切実だ。逆が来ればたちの悪い殿様のミニチュアが出来上がることすらある。

 (今は同じ小売りでも少し業態の違う仕事をしているが、社員数人がそれぞれの担当部署を持ちながらもゆるやかに連携する。これだと死角が生まれにくく、よく出来ているなと思う)

 

 私の知っているケースでは、着任したマネージャーが活動し始めてまもなく、パートが立て続けに2人辞めた。1人は鬱状態になっており、もうこの建物自体に近付きたくないと言葉を残していた。

 やり口は人が少なくなった時や2人きりの時に罵倒、仕事を取り上げる、あからさまな無視、本人に聞こえるようにあげつらう、などだったが、本人が自己紹介で今までの任地で部下を何人か鬱に追い込んだと自ら誇らしげにカムアウトしており、そういった悪癖を管理職が受入れ時に知らないはずはない。

 

 傍で見ている方も気分が悪いので人事に携わる部署に何度か善処を申し入れたが、そういう人だと思って我慢して、の一点張りで何ら進展はなく、矛先は私という3人目に移った。

 多分切っ掛けは、部内の専門セクションで仕事をしている人をわざわざ人前で吊し上げて怒鳴りつけていたのを、何とかしてくれと上に言いに行ったことだろう(※)。

 怒鳴っていた理由が「売り出しの準備ができていない」だったが、前任者はちゃんと連絡していたのにこのマネは当日までなにも教えず、情報も与えず準備しろってエスパーかよ、と思ったのでついついバラしちまった。

 あと見せしめのつもりだろうが客がいるところに従業員を引っぱり出して怒鳴り続ける行為も、客に対して失礼なのでやめさせるべきだとも言った。

 

 あとから着任した管理職が気にして見回ってくれたが、姿が見える間はおとなしくしているが、いなくなるといつも通り。

 私に対してはボイスレコーダーを携帯している恐れを感じたのか、罵倒や悪罵という手には出ず、長く任されていた仕事を取り上げて理由も答えない、仕事に必要なことを尋ねても無視、名前をはっきり言わずあてこする会話を背中越しに延々と聞かせる、中腰で重荷を扱う労働を連日数時間あてがう(この時の後遺症が今もある)、などの実に陰気くさい手に出た。

 

 不可解なのは私のほかにも、人が足りなくなったので隣の部署から期限付きでヘルプに来てくれている、よく働くパートさんを人がいないときに怒鳴って泣かせていたこと(私に相談してきて判明)。

 ポカやヘマをしたわけでもなく、売り場に出す商品の処置を尋ねただけで怒鳴ったという。現場に居合わせたわけじゃないが、前に辞めた二人の時もそんな感じだったのでありえないことではない。もうこうなってくるとこいつは一体何がしたいのかわからん。全く動機が分からずイラッとした。

 組合費は払っているのに組合に尋ねても無しのつぶてで、朝礼で「コンプライアンス窓口に垂れ込んでも君らの首が逆に締まるだけだ」と脅される始末だった。

 

 ある日のこと。

 消費者センターに客がクレームを入れる不手際をマネージャーが起こし、店から客先に謝罪に赴くことになったのだが、普段から可愛がっているひとりのパート従業員に責任をなすりつけ、指示を出した自分は上司としてのただの付き添いというほっかむりのていで逃げ切ろうとした。

 私に対してなぜかマウントを取ってきたり酒の席で絡んで来たり、お土産外しやらお菓子外しなどの幼稚くさいことをするこの面倒なパートも助けることになるので正直複雑だったが、私はマネが指示を出した現場にいた従業員を証人として3人揃えて証言しに行った。

 

 マネージャーは恥をかいたがこの件で残念ながら異動などはなく、マネージャーの代わりに謝罪しようとした件のパートは行動がけなげだ偉いと株を上げたが、私はさらに自分の首が締まり、扱いにくい人として評が定まった。

 機会を見て、異動はなさそうですか、と尋ねると「彼にも生活はあるから・・・」と上の人は言う。パートの先輩も「そういう人だと思って」耐えろと言う。

 しかし私にも、今日ロッカーで泣いていた同僚にも生活があり、人としての誇りや感情があるのだ。

 私が黙っていると「そこそこ数字上げてるからなあ」と店で一番偉い人が言った。

 数字。数字がすべてを守ってくれる。悪事すら!

 ここはそういう場所で、私たちがそれに耐えられず姿を消してもまた誰かが新しく補充される。消耗品のように。

 

 その後重荷を扱う業務が頻度を増し、私はとうとう整形外科の世話になった。

 いろいろあったが辞めることにした、と人事に告げると意外なことに違う部署で空きを探すので待てと言われ、数週間後には生鮮から非食品の部署へ移ることとなった。

 チームプレーから、どちらかというとソロプレイに近い部署になる。

 「数字」の話が強烈に頭に焼き付いていた私にとって、自分の数字が見える場所への異動は願ったり叶ったりだったが、当該のマネージャーがようやくの異動で出てゆくまではかつての同僚に対して申し訳がないような気持ちが消えなかった。

 

 まとめというほどの事ではないが、お山の大将を生みやすいタコツボ構造の仕事場はパワハラの温床になりやすい。

 私が入る前には、パートをいじめ抜いたマネージャーを水戸黄門ばりに土下座させた伝説の管理職がいたらしいが、いつまでもその話が語られること自体、横断的に動けて透明性を担うよすががそこしかない証でもあると当時思った。

  もうそこを離れて久しく今は違う仕事場にいるが、時々通りかかると思い出す。今はどうなのかなとふと気になるが、パワハラについても認知が進み多くの企業が対策を講じる昨今だ、まさか私が書いた当時のままではないだろう。

 

 

 

※ 他にも、パートのボスは部署に一人しか認めない、という持論があったらしい。